ランドセルを背負わない

私はランドセルを背負ったことがない。
正確には一度だけ、友達のものを背負わせてもらったことがあるが、小学校6年間、ランドセルで登校したことはなかった。
今思うと少し異質な気がするが、当時は特に気にならなかった。

今になってわかるのは、孫にランドセルを買う「役目」である祖父母の負担にならないようにという思いが母親にあったのだろうということである。
成長とともに幾度も新しいサイズを用意しなければならない子供服をたくさん買ってくれたのは祖父母だった。
毎年クリスマスにはプレゼントが届いたし、お正月はお年玉をいただいていた。
娘である私の母としても、何かあるたびに物やお金を貰うことに気が引けたということは、私がある程度大きくなってからその気持ちを教えてくれた。
私はランドセルの代わりに茶色のリュックを背負っていた。
荷物を入れる口を小さく絞ることのできる、女性用とも言えるタイプのものだった。
人の目を気にするタイプの子供だったと思うが、鞄が周りの皆と違うことはそこまで気にしていなかった。
むしろ、かっこいい鞄だと思っていたのかもしれない。
「普通の鞄」を使っていた私にとって、ランドセルはよくわからないものだった。
機能性が高いせいで他の鞄とは形状が大きく違うし、押しても潰れないような固さであることも不思議だった。
親がいわゆる「転勤族」だったので、何度も学校を替えたり、見た目のことでいじめにあったりした。
そういう経験があって、人と違ってもいいのだという風に思えるようになったのだろう。
小学校の学年が上がるにつれ、転校で新しく行く学校では鞄が違うことを言われると嬉しくなっていた。

共有

人が産まれ、生き、ものを考え、死ぬということを何千年も前から繰り返されていることだ。
本当は何千年というスケールではないかもしれないが、とりあえず長い期間ということで、便宜上そうさせてほしい。
そして、少し前まで人生は50年と言われていた。

50年は短く、何かを成すことや考えつくことは難しかっただろうか。
これは、現代で50歳までに成功している人が多いということと同列には語れないと思う。
寿命そのものが50年なのだから、生き方や健康でいられる期間も全く違っただろうし、医療も発達していないということだから、単純に生きることが難しかっただろう。
さらに、情報を伝える手段として、テレビもネットもないとなれば、口で伝えるか、文章で伝えるかになる。
逆にそんな時代だったからこそ、人間や人生、生きること、死ぬことなどについて考えることも多かっただろうし、人生における解のようなものを見つけた人は、必ず何かに遺そうとしたと思う。
そんな積み重ねが人間の歴史を作ってきたことは言うまでもない。
私たちが、現代で格言めいた言葉を思い付いても、きっとそんなものは昔の「偉い人」が言い伝えや書物で既に遺しているだろう。
今はネットの時代だが、最新のキーワードとして「共有」が挙がると思う。
シェアハウスもそうだし、SNSもそうだ。
人生50年の時は、人の一生は短すぎて、また情報を拡散させることが難しくて、自分の考えを人と共有することは難しかった。
今は簡単に自分の思いを拡げることができるし、楽に他人の考えを知ることもできる。
これが良いことなのか悪いことなのか、もう少し時間が経ってみないとわからない。

お正月の羽子板も今は昔
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