共有

人が産まれ、生き、ものを考え、死ぬということを何千年も前から繰り返されていることだ。
本当は何千年というスケールではないかもしれないが、とりあえず長い期間ということで、便宜上そうさせてほしい。
そして、少し前まで人生は50年と言われていた。

50年は短く、何かを成すことや考えつくことは難しかっただろうか。
これは、現代で50歳までに成功している人が多いということと同列には語れないと思う。
寿命そのものが50年なのだから、生き方や健康でいられる期間も全く違っただろうし、医療も発達していないということだから、単純に生きることが難しかっただろう。

さらに、情報を伝える手段として、テレビもネットもないとなれば、口で伝えるか、文章で伝えるかになる。
逆にそんな時代だったからこそ、人間や人生、生きること、死ぬことなどについて考えることも多かっただろうし、人生における解のようなものを見つけた人は、必ず何かに遺そうとしたと思う。
そんな積み重ねが人間の歴史を作ってきたことは言うまでもない。

私たちが、現代で格言めいた言葉を思い付いても、きっとそんなものは昔の「偉い人」が言い伝えや書物で既に遺しているだろう。
今はネットの時代だが、最新のキーワードとして「共有」が挙がると思う。
シェアハウスもそうだし、SNSもそうだ。

人生50年の時は、人の一生は短すぎて、また情報を拡散させることが難しくて、自分の考えを人と共有することは難しかった。
今は簡単に自分の思いを拡げることができるし、楽に他人の考えを知ることもできる。
これが良いことなのか悪いことなのか、もう少し時間が経ってみないとわからない。

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